平成28年10月、満30歳で携帯電話を解約した。
他の携帯電話メーカーに乗り換えるわけではなく、「携帯電話を持たない」という状態になった。
中学3年生の終わり頃から持っていたので、約15年間ぶりの携帯電話なし生活である。
理由は2つある。
・支出を減らさなければいけない
平成28年1月に約6年勤めた会社を退社。
翌月から名古屋市内の飲食店で「自分の店を出す」という目標に向かって、料理・接客の修行をしていた。
30歳、未経験から始めた飲食業。初日は女子大学生からトイレ掃除を教わる。そんなレベルの「使えない中年のオッサン」は、当然収入も低い。さらに、税金関係の請求は前年の収入から算出される。わかっていたが、家計は火だるまだった。奥さん、ごめんなさい状態。
「なんとか、すこしでも支出を減らさなければ・・・」
奥さんが作成してくれた家計簿の中で、削れる項目を探した。
・自分、携帯電話必要か?
当時の生活は、起床→出勤→仕事→帰宅→就寝の繰り返しで、職場で携帯電話を使う必要がなかった。
勤務先の店は11時30分開店~23時ラストオーダーまで「準備中」の時間なし。忙しい時は、やれランチだ、喫茶だ、仕込みだ、ディナーだ、宴会だぁ~・・・。1日中立ちっぱなし、動きっぱなしの日もある。
途中から片道11~12 kmを自転車通勤していたので、最長1日17時間くらい下半身に負荷がかかる状態だった。毎週水曜日が定休日なんだけど、休日は疲労コンパイでまともに1日起きていられなかった。たまの休みに家族サービスもろくにできず、奥さんごめんなさいの日々。連休は年に1度。12月31日、1月1日、1月2日の3日間。以上。そして、GWなどの祝日に水曜日がドッキングした場合、なっ、なんと、水曜日は出勤日に・・・。宴会の予約が水曜日にあろうものなら、その日は出勤日に・・・。わ~っしょい、わ~っしょい。ようするに「自分が生きているだけで精いっぱい」状態だったのだ。
そんな状態だったので、ふと「携帯電話がなくても問題ないのでは?」と思い立った。
月々の支払はおよそ6,500円、年間で78,000円にもなる。これは今の自分にとってデカい。奥さんからは、
「まだ貯金があって切羽詰まっているわけでもないし、そこまでしなくてもいいのでは?」
と言われたが、善は急げ。解約することにした。
<いざ、解約!>
解約前日、旧友2人から何年ぶりかメールが来て驚いた。
こういうのを、虫の知らせというのだろうか。とにかく嬉しかった。メールのやりとりの途中でドコモショップに到着。
「連絡くれてありがとう。これから携帯電話を解約するので通信できなくなります」
と2人にメールして、いざドコモショップに入っていった。
今思い返すと、せっかく連絡をくれた2人に対して、かなり雑な対応だ。この場を借りて、申し訳。
解約したいと言って、店員さんから返された一言がまず衝撃だった。
「今解約すると9,500円の解約金がかかりますが、いいですか?3ヶ月後だと解約金は不要です」
はっ!?何ですと?いっ、1万円!?
支出を減らしたくて解約しに来たのに、まだこの貧乏人から金を巻き上げるのか!?僕はうろたえ、オロオロした。でも、3ヶ月後だと使用料で解約金以上のお金を支払うことになる。どうせ解約するんだから、今でいいや!と思った。
「構いません、解約します」
その場で解約した。その時の胸くその悪さといったら、なかなかのものだった。お金は普段、何かを買う時、サービスを受ける時、その対価として支払う。そして、後々
「いい買い物だったな」
と思えるような時は、支払ったお金に対しても100%納得できる。そうでない時は、なんともいえない悲しい気持ちになる。
「もったいないことをした。このお金で他に何ができたろう・・・」
この時のやるせなさは、昔、スピード違反で罰金を支払った時よりも大きかった。
1万円あったら、家族で焼き肉が腹いっぱい食べられる・・・
1万円あったら、いっつもカントリーマアムやアルファベットチョコだけど、ふだん買わない高めのチョコとか、たくさん買える・・・いや、いつものをたっくさん買うのもいいな・・・
1万円あったら、スターバックスでドリンク以外にもスコーンとか買って豪遊気分・・・を何回かできる・・・
でも、この1万円は「解約」するためのお金。
「これからはお金を払いたくないんです。1万円でドコモさんと縁を切らせてください!お願いします!」
というお金。なんだこのお金は!?
「ばかたれぃ!スマートフォン契約した時に払うって約束しただろうが!!忘れたんかいな、てめえは!?おぉう?1万円支払うのは当然じゃあ!!それよか、解約せずに黙って月々の使用料を払わんかい!このダボがぁ!!」
というセリフがドコモさん側から続きそうである。私は「お客様」ではないのか?今までずっと勘違いをしていた。まるで取り立て屋さんに追い込まれている借金抱えた人ではないか。後日、頭が冷えてからネットで調べてみた。
・ドコモの解約金
最初に契約する時にその方が安くなるという話を聞いて、その場の流れで2年契約になっているケースがほとんど。2年契約になっていて、2年ごとにある更新月以外に解約すると、税抜きで9,500円の解約金が取られる。
なっ、なるほど。そういうことか。契約時にそういう話があったのかもしれないが、覚えていない。覚えているのは
「○○に加入いただくと、お得になります!」
「いや、結構です」
「○○に加入いただかないと、料金が高くなってしまいます!2週間後に解約していただければお金はかかりませんから!みんな入っています!」
「わかりました」
「それでは、続いて・・・」
というような理解の難しい話ばかりだった。一度は断るんだけど、全て「こうしないと高くなってしまう」という話になっていて、結局全て店員さんの言うとおりにした。
ところで僕は今までドコモさんにいくら支払ってきたのだろう?月々の使用料はおよそ6,500円だった。
6,500円/月×12ヶ月/年×15年=1,170,000円
うっ、こんなに支払ってきたのか・・・。月々の使用料を少なめに設定してみたけど、100万円以上。こんなに今までドコモさんへ支払ってきたのだから、
「堀さん、今まで長い間ドコモを利用いただいて、大変ありがとうございました」
の一言くらいあってもよいのではないか?もしかしたらあったのかもしれないが、全く記憶にない。もっと掘り下げると、携帯料金を自分で支払うようになったのは、就職してからだ。それまでは親に払ってもらいながら、
「同級生がみんな携帯持っているのだから、自分が持つのも当然」
と、ふんぞり返っていた。こんな大金を支払ってもらいながら、勘違いもはなはだしい。お父さん、お母さん、ごめんなさい。とにかく、僕は15年ぶりに携帯電話なしの生活となった。
ちなみに、最近ヤフーニュースで「ドコモ条件付きで違約金ゼロ」というタイトルを発見。
ようやく・・・という印象。
殿様商売、嫌い。
<解約して思うこと>
・本当に連絡を取りたければなんとかなる。
携帯を解約する時、解約前日に連絡があった旧友以外には何のアナウンスもしなかった。それでも僕に会いに来てくれたり、連絡してくれたりする友達がいた。
地元の友達のT君は、正月に実家に帰った時、実家の固定電話に連絡を入れてくれ、会いに来てくれた。
大学の友達のW君は、奥さんと一緒に僕の勤め先である飲食店へ直接会いに来てくれた。結婚祝いの内祝いを渡しに。
大学の先輩のMさんは、彼女さんと一緒に僕の勤め先である飲食店へ直接会いに来てくれた。いつも僕から
「まだ結婚しないんですか?」
と聞くのだけど、絶対に返事をしてくれない。
地元の友達のO君は、携帯電話が通じないことを心配して、年賀状に自分の連絡先を書いて気遣ってくれた。
地元の友達のY君は、勤め先である飲食店へ直接会いに来てくれた。
「携帯に連絡つかないから、会いに来てくれたの?」
と聞くと、
「えっ?携帯解約したん?堀には連絡せずに、アポなしで今日来たよ」
Y君は、少しレベルが違う。
会社員時代の上司のUさんは、奥さんと一緒に僕の勤め先である飲食店へ直接会いに来てくれた。
会社員時代、一緒によく仕事をしたSさんは、僕の自宅パソコンにメールをくれた。
「今月で定年退職するから、今まで仕事してきた人達で集まって飲み会をしたい」
と誘ってくれた。
会社員1年目の上司Sさんと同期入社のD君は、計6人で僕の勤め先である飲食店へ来てくれた。予約の電話で
「堀いますか?」
と言われ、Y君だと気付いた。
Sさんは、忙しそうにしている僕に
「堀、落ち着いたら話があるから来て」
と言われたが、なかなか行けず。2時間後くらいにようやく行けた。
「会社にジョブリターン制度というのができた。○○君が辞めて1年になるけど、その制度で会社に戻ってくる。堀、今おまえは会社に戻れる。戻って、おれの下で働いてくれ。その気になったら、連絡ちょうだい」
と言ってくれた。めちゃくちゃ嬉しかった。それまで会社に戻る気などなかったけど、迷った。
そもそも、僕に連絡を取りたい人などそんなに多くないと思う。でも、どうしても連絡が取りたかったら、携帯電話がなくてもなんとかなる。そんな風に思う。
そして、携帯解約後に人から連絡もらったり、会いに来てくれたりするのは、すごく嬉しい事だった。だから、ひとつひとつをはっきり覚えている。それは、フェイスブッコやインスタグラムで「いいね!」ってしたり、LINEで「既読!」ってなるのとは違うものだと思う。“いつでも連絡が取れる”から“ちょっと頑張らないと連絡が取れない”になって、人との関わりがより貴重なものになった気がする。
・エアー着信
ガラケーからスマートフォン変えてから、着信音は無しでバイブのみの設定にしていた。
「あれっ?今携帯に電話の着信かメール来たかな?」
と思って、ポッケから携帯を取り出してみると何にも来ていない・・・ということが多々あった。この現象を“エアー着信”と名付けよう。
「誰か、僕に連絡してきてほしい」
「誰かとつながっていたい」
という願望が、エアー着信という現象になっていたのだろうか。自分で認めたくないが、一種の「携帯依存症」と呼べるのではないだろうか。それがなんとなく嫌で、エアー着信のたびに少し自分が嫌になっていた。
「おまえ、今誰かが自分に連絡してくれたと思ったでしょ?なんの連絡もないし、バイブしてないっつーの!ばっかじゃねーの!?」
と、開いた携帯の画面にバカにされたような気分。携帯をやめたことで、エアー着信がなくなり、ポッケのバイブを気にすることがなくなり、わりとすがすがしい気分になった気がする。
・携帯イジイジ
携帯持つのをやめると、外を出歩いているときに携帯電話をいじっている人がとても多いことに気付く。電車の中なんて、みんな目線は斜め45度下。まっすぐから上を見ている人なんて、自分の他にあまりいない。危ないのは歩きながらスマホ見てる人。すっごい危ない。こっちがよけないとぶつかってしまいそう。何をしてるのか覗いてみると、ゲーム、LINE、漫画、ネット、などなど・・・。
かくいう自分もそのうちの一人だった。空いた時間にヤフーニュース見たり。ヤフーニュース見たり・・・。うっ、電話とメール以外はヤフーニュース見るくらいしか使ってない。全然スマートに使ってない。携帯やめてからは、そりゃそうだろって話なんだけど、何気なく携帯電話をイジる時間がなくなった。さっきのエアー着信と一緒なんだけど、この“携帯イジイジ”時間がなくなったことで、わりとすがすがしい気分になった気がする。
・携帯持ってない人は地球人ではないのか
ある日、目が痛くて初診の眼科病院に行った。受付をすると
「これ書いてください」
と問診票を渡されたので、記入して提出した。2分後くらいに受付の女の人がやってきた。
「すみません、電話番号の欄は必須なので、記入してください」
「あー、僕、携帯電話持ってないんですよ」
「えっ!?」
彼女はうろたえ、宇宙人でも見るような眼で僕を見て、そして去っていった。今の日本が“携帯電話普通持っとるでしょ!?社会” であることを思い知った。以来、問診票を渡された時は、携帯電話の欄に「持っていません」と記載している。
・携帯が必要な時
とは言え、こちらから誰かと連絡したいということも、時にはある。家に固定電話がないため、そんな時は奥さんの携帯電話を借りる。奥さんとしては、
「自分の携帯を持ってほしい」
と思っているようですが、私は
「時々借りるので充分だから、必要に迫られなければ、このまま自分の携帯を持たない生活がいい」
と思っている。奥さん、ごめんなさい。
奥さんはというと、支出削減のため、auからマイネオという格安スマホに変更した。金額は、かなり安くなる。月々8,000円→2,500円で、5,500円ダウン。年間65,000円も安くなる!いろいろと制約はあるようだが、使用するにあたって大きな支障はないようだ。さらに、マイネオの店舗で説明を受けてきた時は、
「説明してくれた店員さんの説明が、すごく分かりやすくてよかった!今までは店員さんに何を言われているのかよく分からなかったけど」
と感動していた。
・しまった、携帯がない!
と思ったことが一度だけある。雨が降る平成29年9月下旬の金曜日深夜1時頃。仕事帰りに自転車で帰宅途中、右半身の後ろ側に強い衝撃が走った。
「ドンッ!!」
鈍い音とともに、地面に転げた。“自分が車に轢かれた”と理解するまでに、数秒かかった。そして、車はノンブレーキで走り去って行った。“轢き逃げ”だと認識するのに、もう数秒かかった。右半身が痛い・・・。そして雨に濡れて寒い・・・。血タラタラ・・・。でも轢いた人が走り去ってしまったので、いない。自分で通報しなければ・・・。
「ハッ!僕は携帯電話を持っていないから通報できない!!」
ということに気付いた。夜中なので、車すらあまり通っていない暗い田舎道。公衆電話も近くにない。だが救世主あらわる。後ろの方から、
「だいじょうぶっすか~?」
という男子の声が聞こえてきた。30歳くらいの人のいいお兄さんだった。この方が110番、119番通報してくれ、救急車に乗ることができた。今思い出しても大変感謝である。この話は別の機会に詳しく書こうと思う。
携帯を解約してから約3年になるが、「しまった、携帯がない!」と思ったのはこの一度だけ。その他に連絡取りたい時は、自宅パソコンのメール機能を使ったり、待ち合わせ場所と時間を決めておいたり、公衆電話を使ったりでなんとかなっている。
この前、ビートたけしさんの本を読んだんだけど、たけしさんは携帯電話を持ったことがないらしい。驚いた。その本出した時は持ってなくて、今は持ってる、なのかもしれない。
もちろん、たけしさんは携帯料金が払えないから持っていないわけでは、断じてない。
「みんなどうして“自分が搾取されている”と思わないのか。昔は領主が農民を取り立てて年貢を納めさせていたけど、今は民衆が自ら『お金を納めさせてください』となっている。昔の領主が今の世を見たら感心するだろう『なんてうまいことやっているんだ!』と」
というような事が書いてあったと思う。マネージャーさんが持っているから成り立つのだろうけど。でも、あれだけ多忙な人でも持ってないのだから、「絶対に1人1台持たなければいけない」ということはないと思う。
「あっ、あるある!私もエアー着信!」
と思ったあなた。ちょっち、携帯解約してみてはいかが?