大学4年の11月頃だったろうか。Kさんという10歳くらい年上の大学の先輩(僕の研究室のOB)から
「バイトしないか?」
という依頼があった。Kさんは他に仕事をしながら、僕の研究室に週1回来て仕事をしていた。募集人数は1名で、同じ研究室のカメさん(あだ名)とムロシ(あだ名)は、
「やりません」
とキッパリ断っていた。僕はというと、「Kさんにはお世話になっているし、断りにくいなぁ・・・」と思っていたところ、Kさんからの押しに負けてやることになった。任務は、
である。
当日は、任務完了後に現地解散となる。自分のバイクで空港へ向かった。現地で落ち合った九澤さんから任務の詳細を説明された。
大元の依頼主はターゲットの奥さん
・ターゲットは不倫しているので、証拠を押さえたい
・ターゲットは不倫相手とこれから飛行機で沖縄へ向かう
・ターゲットが現れたら、その姿を映像におさめ、沖縄で待機しているスタッフに送る
メインの目的は、旅行先の沖縄で決定的な瞬間を押さえること。
これは既に現地に先回りしているスタッフの仕事。
こちらの仕事は、沖縄の空港で待ち構えているスタッフに、ターゲットがどんな格好で来るかを事前に伝えるサポート役だ。
「おれはターゲットと知り合いだから、気付かれる危険が高い。おれが映像を撮ることはできない。ターゲットが来たらどの人かを教えるから、気付かれないように後ろから尾行して、このビデオカメラで映像を撮ってくれ」
よくわかった。よくわかったけど、Kさん。あなたはいったい普段何をしているんだ?
Kさんは、僕の研究室のOBで博士課程を修了した妻子ありの工学博士である。そして、この時は堅気の企業にも籍があり、そこの仕事がメインだったと思う。探偵事務所に勤めているわけではないはずだ。九澤さんの手がける仕事の幅は広かった。
それはさておき、物陰に隠れながら空港入口にターゲットが来るのを待った。
僕はティアドロップのサングラスにニット帽、右手にビデオカメラを持っていた。不審者だ。
「来た来たっ!あれ、あの二人!」
Kさんは、僕にターゲットを教えると去っていった。撮影開始。ターゲットが後ろ姿になったところで、僕は歩きだした。後ろから二人を撮影する。時々ターゲットが振り向く。ヤバい、ヤバい。目をそらし、必死で「僕、撮ってませんよ♪」演技をした。
撮影後はKさんがパソコンで映像を沖縄のスタッフに送り、解散となった。僕は報酬として1万円以上の金額をもらった。
後日、Kさんから沖縄で撮影された映像を見せてもらった。ターゲットの二人がホテルの部屋に入っていく瞬間だった。僕が撮ったブレブレの映像とは違い、さすがプロと感心してしまうようほどきれいな映像だった。
僕は後悔した。高い報酬をもらっても、全く嬉しくなかった。すごく後味が悪かった。
「恩や義理があるからといって、そういう事を引き受ける必要はない。断る勇気も大事だよ」
とカメさんに言われ、身にしみた。こういう仕事はもうしないと決めた。
ちなみに「カメさん」というあだ名は僕がつけた。ウミガメ保護のボランティア活動をしていたのと、顔がウミガメに似ていたからだ。カメさんは「僕はカメに似ていない」と怒っていたが、僕は「カメさん」と呼び続けていた。しばらくすると気に入ってきたらしく、
「今日はそろそろ帰るカメ~♪」
という感じでカメさん自ら使うようになった。継続は力なり。