掌と運気

お金を受け取ると、足元に手を伸ばす。

保温カバーのついた金属製の水筒を手に取り、中身を口に含む。

まるで、スローモションのようなゆったりした動作。

 

「手をこうしてください」

大事なものを受け取るように、僕は両手を仰向けに広げた。

二人の空間で、時間が止まる。

「こうしてください」

じっと眺めた後、掌を下向きに返す。

空気が張り詰めている。

でも、不思議と嫌な感じはしない。

「こうしてください」

再び、掌が上を向く。

うん、と小さく頷いて、占い師は話し出した。

 

あなたは自分の感性や直感に従って、その場面場面において決断する人です

とても面白い考え方をする人だ

その考え方のまま、今のままやっていけばいい

これから3年は運気が上がっていく

何か新しいことにチャレンジするのもよいでしょう

子供のことを考えたり、家を持つのもタイミングとしてよいでしょう

収入の安定は3年後以降も続きます

家族のために働くとよいです

家族との関係が良好であれば、それが大きな原動力となります

 

平日とは言え、アフター5の豊橋駅前。

喧騒の中、か細い身体から発する蚊の鳴くような声は、ところどころ聞き取ることができなかった。

頭を前に下げ、左耳を近づけて「その言葉」を拾おうと集中した。

 

あと2年はいいけど、2年後はなぁ・・・。

あなたが今辛いのは、あなたの性格の問題。

だから、どこへ行ってもそうなってしまうよ。

 

ーおよそ5〜6年前。

同じ占い師さんに、怪訝そうな顔で言われた言葉だ。

その2年後、僕は勤務中に過呼吸で全身痺れて動けなくなり、会社を辞めた。

あの時と、全く違う占い結果になるんですね。

そう言う僕に、占い師はヒラリと右手を動かし、人生のアップダウンを表した。

運気は一定ではなく、上がり下がりがあります。

微笑みながら答える占い師。

 

不思議なんだけど、なんとなく占い師の言う通りな気がする。

今の掌の表情、あの時とは随分と違うんだ。

 

すみません、お待たせしました。

順番を待っていたお客さんに軽く頭を下げ、僕はその空間を後にした。

まだ、日は落ちきっていない。

心なしか、足取りが軽い。

背中を押されると、人間は勘違いするものなのだ。