ホームランがもたらす虚無感

昔、高校野球をやっていて、最後の大会が終わると目指すモノが無くなった。

5年制の高等専門学校を卒業して、大学の3年次編入で大学に入った時、もう一回ちゃんと野球をやろうと思った。

入部して最初の紅白戦、いきなりホームランを打った。

やった、入った。

思ったのも束の間、強烈な違和感が自分を襲う。

 

全く嬉しくない。

 

試合の翌日だか、数日後だったか忘れたが、退部した。

本気で野球をやっていない人から、本気で野球をやっていない自分が打ったところで、何も生まれなかったのだ。

その取り組みが、未来の自分の何物にも繋がっている気がしない。

あるタイプの人は、未来に希望が持てない活動はできないのかもしれない。