いざ、京都ダンマバーヌへ。
キャンセル待ちに空きが出たのはコース開始の約2週間前。
やったー!
すぐに参加再確認のメールに返信しようとして、指が止まる。
「参加します」のボタンが押せない。
そのスケジュール、規則が超ハードなのだ。
朝4時起床、夜9時半就寝まで、休憩があるとはいえ、みっちり10日間瞑想漬け。
朝食と昼食の文字はあっても「夕食」が見当たらない。
夕方5〜6時のティータイムのみ。
タバコダメ、酒ダメってのは、僕は今やらないからどうってことない、そのまんま。
但し、それだけで規則は終わらない。
一切の性行為をしない、だとか、聖なる沈黙でメモすら取っちゃいけないとか、スマホどころか読書すらNGって、ちょっと行き過ぎている・・・。
10日間も射精せずに正気を保てるのだろうか?夢精するんじゃなかろうか?
読書家の僕は読みたい本が山積してて、ヒマさえあれば本を開くのに、こんな生活に耐えられるのだろうか?
シンプルな菜食料理って言われても、肉が食いてえ・・・。
それでも僕はボタンを押した。
申し込み開始日に手続きしてもキャンセル待ちになるこのコース。
ユヴァルノアハラリさんが「これで人生が変わった」と語るヴィパッサナー瞑想。
それがどんなものなのか知りたい、僕も人生を変えたい。
行くしか、ない。
不安・恐れを興味・欲が上回った。
GW大型連休に有給2日でなんとかスケジュールを空けた。
とはいえ、仕事は瞑想のことなんか知ったこっちゃなくって、前日の夜中までバッタバタ。
出発日なのにチョコチョコ仕事しながらの荷造り。
ああ、その前に奥さん、息子さん、せっかくのGWなのにこの場を借りてごめんなさい!
そして、送り出してくれてありがとうございます。
寄付で成り立っているという、このコース。
当然、持ち物は増える。
メールに記載された持ち物リスト。
一番解せないのが「サブクッション」という品物。
これは一体何に使うのか?
箸もフォークもいるのか?スプーンはあった方が良さそうだな・・・。
ええい、考えていてもしょうがねえ!
持ち物に対する基本スタンスを固める。
「書いてあるものはとにかく多めに持っていけ!」だ。
洗濯場も限られてるから衣服は十分持ってこいって、その十分がわかんねえ!
パンパンのキャリーバッグ、リュックサック、手提げバッグにはソファのクッション1個で満杯。
メールに「事前にダンボール送付可能」って書いてあったのに気づくのが遅かった・・・。
さて、乗り込んだ最寄り駅の在来線。
キャリーと手提げバッグを荷物棚に上げ、協会から送られてきたメールに目を通す。
もう3回目くらいだから、おさらい、おさらい。
京都駅に着いたらバスに乗って・・・うっ、違う。
京都駅から電車だ。
園部駅まで電車で、そっからがバス。
なんだ、この「京都駅からバスだ」という勝手な思い込みは。
人って、必ずミスする。
読んでいるようで、文字すらちゃんと読めていない。
自宅最寄り駅から名古屋へ出て、新幹線。
京都まではあっと言う間。
メールに書いてあった通り、京都から園部まで小一時間電車に揺られ、景色はだんだんと空隙率が高まっていった。
園部の改札を出て、バスを探す。
階段を降りて、あった。
バス乗り場はここしかねえ。
そして、僕と同じような荷物の輩が何人もいる。
ここで生活しているおばあちゃんたちと、ダンマバーヌ行きの連中。
凄まじくわかりやすい2分類。
一際目を引くのは、完全に「おまん、サーファーだろ!?」という風貌の男子。
白いシャツ、薄いグレーの短パン、小麦色の肌、後ろの上の方で縛った髪。
そして、キャリーバッグを引いている。
サーファーが、なぜ瞑想を!?
この謎は、10日目まで解けなかった。
これだけの荷物を持って普通の路線バスに乗るという行為は、なかなかキツい。
電車のように天井がない。
しかも、ダンマバーヌ行きの連中多しでなかなか混んでいる。
立ち乗りでの出発となった。
窓の外は、空隙率云々を超えて、もはや山そのものとなりつつあった。
3駅ほど過ぎて、1席空いた。
横で立っている、小さめのキャリーバッグを引いたおばあちゃんに「どうぞ」と席を勧める。
もうすぐ降りるからいい、その返しに少しホッとする。
このおばあちゃんが厳しい修行に耐えられるのか!?といらぬ心配をしていたのだ。
これでしばらく読書ができなくなる。
朝井リョウさんの「何様」があと10ページくらいでキリのいいところなのに・・・というタイミングで終着の檜山駅に到着。
スピードを緩めた車内から見えた、白いハイエースとそばに立つ坊主頭の男性。
おおっ!あれ、ゼッテー送迎車だ!
結果から言うと、男子は僕だけ乗れた。
メールもらってた時刻より一本早くきた僕。
この送迎車は女性専用。
でも、運転手が男子なので、助手席だけは男子が乗れる、というわけ。
残りの男子は断られ、散っていった。
エンジンがかかり、動き出す。
さあ、ここからはもう娑婆の世界から断絶。
言われてもいないのに、僕は携帯の電源を切った。
車はさらに山奥へ。
キャンプ場か!?と突っ込みたくなるような雰囲気の施設へ到着。
男子と女子は別の道。
案内板に沿って受付の部屋へ。
誰もいない。
どうしたらいいのかわからない。
シーン、という沈黙に耐えかね、本部の門を叩く。
「4時から受付」とシンプルに返され、僕はあと1時間くらい待つのだと理解した。
僕の名前が書かれた席で、誓約書のような最後の申し込み用紙へ記入した。
4時になるとコースの参加者と思われる人たちと、送迎の人とは違う坊主頭の人が入ってきた。
おそらくこの坊主頭の人が受付係なんだろうけど、「紙書けたらきてね」とか、何も言わないからわかんない(笑)
1時間前からこの部屋にいた僕はもうバッチリそこにあった用紙に書き込み終わっている。
思い切って坊主頭の人へ用紙を提出する。
受け取ってくれた!
やはりこの人が受付係だったのだ。
マップを見ながら施設を説明してくれる。
宿舎はここ、トイレとシャワーはコロナ対策で分けて使って、など。
質問あるか?と問われるが、そもそも何がわからないかもわからない。
貴重品、電源OFFの携帯、本を預け袋に入れ、手渡す。
僕は久しぶりに完全なる電波フリーになった。
外に出てみると、この建物は入っていいのか?悪いのか?よくわからなかった。
まず、寝床だ!
教えてもらった建物に上がり、自分の部屋へ。
ベッドが3つ並んでいて、奥はすでに先客。
僕は反対の壁側に陣取った。
早速持参したシーツをセットしようと試みるも、ベッドにはシーツが置いてある。
はにゃ?
メールにはシーツ持参って書いてあったけど・・・。
これ、使っていいの?
わからん、でも、聖なる沈黙だから聞いていいのかもわからん。
僕は置いてあったシーツをどかし、持参したシーツを装着した。
17時からさっき受付した場所で「軽食」が出た。
ここは食堂だったのだ。
きのこそば。
大きなボールに入った麺をトングで持参した器によそい、鍋で温められているきのこ入りの汁をかける。
これが、めちゃくちゃにうまい。
特別な味がするわけじゃないんだけど、なんか、思った。
料理って、これ以上進化する必要ないんじゃないかって。
器のサイズは味噌汁用のお椀とドンブリの中間くらい。
当然、腹は膨れていない。
もっと食べてえ!
空の器を手にボールに向かうと、そこはすでに空だった。
おおっ、まさに軽食!!
18時からのオリエンテーションまでの間は、フリータイム。
とはいえ、敷地内から出ちゃいけないし、出たところでそこは木と草と道しかないし、運動しちゃいけねえし、本もないし。
散歩だ、散歩!
激しい運動は許されていないが、唯一散歩はOK。
宿舎から少し小高くなった芝生のスペース。
そこに、楕円形の轍が一周。
とにかくそこをぐるぐる回った。
サーファー男子もきた。
そして、その短パンは禁止されているはずである。
いかんよ、サーファー、短パン禁止だよ!
聖なる沈黙。
僕はぐっと堪えた。
轍に落ちている野生動物の糞を避けつつ、歩いた。
見渡す景色に違和感。
何か、何かが変だ。
芝生が一面にあって、木が植えてあるけど、でも茂ってはいなくて、花が咲いているかというと、敢えて少しだけ咲いているような。
もっとキレイな庭にできるはずなのに、この、異様とも言える質素感は、なんだろう?
時間がきた。
次は、オリエンテーションだ。
男女ともに、1階の食堂に集う。
レジュメが配られ、ここで生活する上での注意点など説明を受けた。
コロナ対策がそこそこ厳しくて、食事をよそう際は使い捨てのゴム手袋着用だ。
最後、質問が許されたので、シーツについて聞いてみた。
答えとしては、施設のシーツを装着して、その上から持参したシーツを装着せよ、だった。
寝具は買ったばかりで、これから15年は使い続けたいと思っている、だから、汚さないように、という話。
わからんがな!
19時からは宿舎2階の瞑想ホールに集合。
オリエンテーションが終わってから慌ててシーツを取り替えてたら、集合の鐘がなった。
受付の人が呼び出す為に部屋に入ってきて、慌てて部屋を出る。
柔道の試合スペース2個分くらいの大きさで、各人の位置はあらかじめ決まっている。
僕は、左の一番後ろ。
そこに瞑想用の座布団と尻に敷くクッション。
ええと、実はこれを書いているのは約一ヶ月後で。
コース中はメモ取れない。
コース終わって翌日から出張やら何やら仕事バッタバタ。
やあっと書く時間が取れたのだが、もう記憶がない!!
なので、実際とは違うかもだけど、たしか録音テープが流れて、これから聖なる沈黙で喋るなよ、だとか、5つの戒律に関することだったり、これからのコース中の注意点、覚悟なんかが日本語で流れて聞いてた。
最後はゴエンカさんの独唱。
日本語じゃなくって、たぶん英語。
これがね、お経でもないし、かといってラップでもないし、という中間くらいの音響。
その絶妙な塩梅に思わず吹き出しそうになったのは、この日だけ。
コースが終わる頃には「これを聞くのももう終わりなのか」としんみりしていたから不思議なものです。
この集いが終わったら、就寝。
たしか9時前くらいだったかな?
ちなみに、隣の隣のベッドはサーファー男子だ。
すぐにベッドに横になったが、部屋の電気が消えない。
聖なる沈黙のせいで、相部屋の皆、電気を消していいものか判断つかないのだ。
10時頃だろうか、二人のどちらかが痺れを切らして消してくれた。
とうとう明日から修行が始まる。
枕元に置いた腕時計の秒針の音がやたら大きく感じる夜。
明日は4時起床だ。