さて、何だかうまく説明できないけれど、僕は子供が二人欲しい。
6歳になる坊ちゃんがいるから、もう一人欲しいということだ。
1個くそめんどくさい仕事を終え、一息ついていたとある夜中に奥さんとその話になった。
今は欲しくないと思っている。
それが奥さんの答え。
つい最近までは「欲しい」だった。
生理が遅れ気味になって、思うところがあったそうで。
今コロナに感染したら?
妊婦さんが感染したらどうなるかなんて、そんなの誰も把握できていないはず。
まあ、間違いなくいい影響なんてないわな。
障害が出るかもしれない。
そんな不安が頭を過る。
あとは、今に満足しているから。
こんなに楽しい毎日で、好きなことができる時間があって、お金もあって。
まだもう一人いるのか?
あんな大変なことをもう一回?
答えはNO。
それはね、その答えになるのはね、雑音が少ないからでもあると思う。
他人との接触が激減して、世の中の常識だったり固定観念だったり高齢者世代の古い感覚に触れる機会がストンと抜けた。
結果、否が応でも自分と向き合うことになる。
その気持ちを僕が否定することはできない。
尊重しなければならない。
それでももう一人欲しいという気持ちは何なんだろう?
ベタへの憧れ?
わからない。
でも、奥さんからそう言われてそこそこの喪失を感じる僕がいる。
少子化は加速する。
誰にも止めることはできない。
少子化対策なんて言う前に、まず認める。
問題は子供が減ること、それ自体ではないはず。
だからまず認めないと出口が見えてこない。
肯定。
認めるということは肯定。
そこが起点となって、好循環が生まれるはず。