僕は「お客さん」ではなかった

〇〇さんは僕にとってお客さんじゃない。

 

いつもやってくれているカットマン。

引っ越してからもはるばる通い続けている僕に、そう言った。

いや、この言葉はかなりズドーンとくる。

確かに、僕も「お客さん」としては通っていない。

彼に切ってほしい、だとか話せることだとか。

一番はね、独立するまで見届けたかったのかもしれない。

飲食店での修行中、常連としてきてくれてた。

成長する姿を間近で見てきた。

歳は違えど、お互い「修行中」って思いながらやってきたんだと、勝手に思っていて。

僕は途中でリタイアした。

彼には店を構えるところまでいってほしい。

お前のいるべき場所はここじゃない。

無意識のうちにそんな気持ちが芽生えていたのかもしれない。

 

珍しくオーナーが不在の店。

他のお客さんも少ない中で「独立する」って話をしてくれた。

実は、ここ数回はそんな雰囲気がバンバンに出ていた。

オーナーに対しての遠慮が、ない。

聞こえるボリュームで、堂々とそんなこと言っていいの?ってこっちが少し焦るような。

だから、それを聞けてスッキリした。

 

あれは美容師ではない。

 

オーナーに対してそこまで言う彼を初めて見た。

気にするのは「何分で一人を切り終えられるか」なのだという。

美容師ではなく、経営者なのだと。

 

わかる。

 

すごくわかる。

僕も、飲食店で修行してた時のオーナー。

あれだけお金を持っているのに、なぜ?

全く「豊か」ではないのだ。

あんなに余裕があるはずなのに、何をそれ以上求めているのか?

「お前ももっとお金がほしいだろう!」と決めつけて、それが自分の使命かのように。

その生き方には「お客さん」しか集まらない。

でも、それじゃあ豊かにはなれない。

満席で注文が殺到し、料理がなかなか出ない。

何を怒り狂う必要があるのか?

お客さんは誰も怒っていないのに。

 

思えば、好きな常連さんがきた時。

単純に嬉しかったりしたよな。

あっ、来てくれたって。

僕が辞めて「あの人どうしたの?」って言ってくれた常連さんがいて。

それを伝え聞いた時も嬉しかった。

だから、僕も「人と人」って関係を築けていたのかもしれない。

一部ではね。

 

許せなくなったんだ、きっと。

自分に嘘をつき続けられなくなったんだ、きっと。

 

好きな人だけが集う店にしたいと言う。

競合が溢れるレッドオーシャン

しかも彼の目指す店は、「入りやすい店」ではない。

新天地で、通う美容室が固定化しがちなお客さんを取り込むのは容易ではないだろう。

かといって「お得なクーポン」でやってくるようなお客さんが「好きな人」である確率は、おそらく低い。

お金に困って、追い込まれる夜もあるだろう。

一人になって、過去の自分の決断を疑うこともあるだろう。

でも僕は応援する。

髪切りながら涙ぐんでしまったのは、初めてだ。

 

覚悟を決めた者の美しさをみた。