朝が起きれなくなってきた。
慣れ、とは必要であり、怖いものでもある。
朝食の時、足りないものはないか?といった視点で見回りをする。
出す量はかなり少なめだからね。
余りを奉仕者が食べるんだけど、奉仕者が食べてちょうどの量を狙うから。
で、見回ってたら、生徒の一人から「無い」って指さされた。
味噌汁の鍋。
おいおい、しゃべっちゃいけないぞ?という感情と、鍋の中に汁はあるので、あるじゃない?って感情と。
そんで、あるじゃん!って素振りをしてやり過ごした。
次の瞑想で後悔した。
あれは、「具が1個もねえぞ!」って意味だったんだな、きっと。
そんで、「具が必須」って頭が僕になかった(笑)
生徒としては、ムカついただろう。
僕は、ただただ両手を合わせ「ごめん」って、具を少なく仕込んでしまったことを詫びれば良かったんだ。
こんな感じで、日々改善していった。
あと、長期滞在者の振る舞い。
その方は、見回りの時、炊飯ジャーの中を整えていた。
ああ、これだ。
この心と行いだ。
大変な思いをして座っている生徒にとって、食事の時間がどれほど救いか、僕は知っている。
知っているにも関わらず、ただ機械的に作業をこなしているだけだった。
でも、この長期滞在者は違う。
生徒のことを思い、慈愛によって、どうしてあげたいか?で動いている。
その気持ちがあれば、何をしたらいいかは、教えられなくても、わかるはずだ。
よそったものがこぼれていたら拭いておくのもいいだろう。
トングの位置をそっと整えておくのもいいだろう。
そんな風に学んでいった。
この日もエアベント調整。
少しエア噛みっぽい感じだったけど、昨日と比べたらだいぶいい気がする!
今日、「思ってたのと違う」と言って、一人の生徒が帰っていったそう。
どんなものを想像していたんだろう?
奉仕者はキッチン担当もいるけど、コースマネージャーというポジションもある。
生徒と一緒に座って、生徒のケアをしたり、トイレ掃除をしたり。
僕より年下でめっちゃ穏やかだけど、瞑想歴8年という猛者。
年末年始にはインドで30日コースを座ってきたという。
レ、レベルが違いすぎる!!
長期滞在者とも話して、面白かったのが、僕から見たら、「やべー人おる!」って感じなんだけど、彼らも最初はそう思ったそうで、それがいつの間にやら「気づいたらそっち側」へ行ってしまっとったらしい・・・。
いや、慣れとは本当に恐ろしいもので。
今日、奉仕者へ「1日生徒できるよ」ってアナウンスがあった。
でも、奉仕者の生徒化が集中すると回らないから、分散は必須。
調整しなきゃいけない。
できるだけ最後の方がいいな。
直感的にそう思った。
状態が上がってから座りたい、というところだろうか。
他の僕よりも年上の奉仕者の方から「この日がいい」って先手を切られた。
いいですよ、と返す。
あと、ベトナムの方と僕で調整なんだけど、この時点で譲ろうって思った。
僕は今回、あくまでも「奉仕がメイン」で来ている。
生徒なんて、できると思っていなかったし、あくまでもオマケだ。
奉仕的振る舞いとして、譲ろう。
やはり皆考えることは同じみたいで、後ろの日程から埋まった。
僕が一番早いタイミング。
これが、次の日に実感するんだけど、結果的には良かった。