万が一を積み重ねて

流行りの話題ってのがあって。

ワクチン打った?ハガキきた?

副反応はどんなもんよ?

 

打つべきか、打たぬべきか。

 

なんやかんやで盛り上がらざるを得ない、この手の話題。

なんだろうね、このゴシップ感。

 

「できれば打ちたくない」という微妙なスタンスをとってきた僕。

まあそれは、究極は「自分さえ良ければいい」という心の持ちようからくる感情であろうか。

感染を拡大させないために打つべき、という人もいる。

家の玄関に置いてある先週届いたワクチンのクーポン券が頭を過ぎる。

話してるうちに、不意に決意が固まった。

 

よし、打とう。

 

もうね、打つの?打たないの?って考えるのがめんどくさくなっちゃった。

アレルギー体質だから、万が一ってのもあるだろう。

今更なんだっていうのさ。

生まれてから今日まで、万が一を積み重ねて生きてきたじゃないの。

 

話す、という行為は大事。

頭で完結しているようで、実は何にもまとまっていないとか。

そんなこともある気がする。