「お金がない・・・」
こう言ってる人、旦那の文句言ってる人・・・要するに私の姉ですな。
せっかく実家に帰ってきても、イライラして不平不満ばかり。
いなくても父母へ電話で延々と愚痴をこぼし続けている。
父母には電話の解約を勧めたが、きっと実現しないだろう。
「常識」から外れるのは最初エネルギーを要する。
一回外れてみると「あっ、こんなもんか」ってなる気もするけど。
こういう人に限って、子供に習い事させてたり、新築で家建てたり、旦那が新種のゲーム買ってたり。
まず、子供の習い事やめろよ・・・。
すっごく冷静に考えたら、単純な話。
収入に対して支出が大きすぎる、そういうこと。
そんで、支出を減らそうという雰囲気が感じられない。
収入を把握して、支出可能な額を押さえる。
そんで、優先順位つけて使える範囲で使う。
まあ、よっぽど優先度1位は食費だと思うけど。
こういう話をすると、「旦那が給料を教えてくれない。貰ってる額で足りないから私の口座がもうすぐ尽きる」とかわけのわかんない話になった。
もう1年前の話。
旦那に「収入を把握しないと始まらない。開示してくれ」と実家の台所で訴えたが、「俺は月〇万円渡している」と、会話が噛み合わない。
なぜこんなクソデブに自分が訴えかけなければいけないのか。
30分ほど格闘し、止まることを知らぬ旦那の屁理屈に憔悴し、僕は肩をがっくり落とした。
素人意見で恐縮ですが、日本の行政にも同じことを感じます。
負担が給付の大原則、これに少しでも近づけてほしいと思います。
「それ、どうしてもいるの?」という大規模公共工事。
「住民が少し我慢すれば、かなりお金浮くのに・・・」という過剰なスペックの施設。
今の日本は「収入が減ったのに以前の羽振り良い生活から生活のレベルを落とせない」状態ではないでしょうか。
先の参院選、NHKの政見放送を観ましたが、どの政党も「経済を良くする!」の一点張りに聞こえます。
「経済は成長しない前提で、財政を健全化させる。ものすごい痛みを伴うけどね」
こんな主張、出てきてほしいなと思うのです。